チャーリードッグスクール 

私は社会化のドッグトレーナー

お散歩トレーニングがなぜ、飼い主さんのためのトレーニングかって言うとね。

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歯を使う傾向のある犬がお散歩トレーニングに参加する場合、 それを制する存在が必要なわけです。 その制御する存在が飼い主であったら問題はないですけれど そういう飼い主でいてもらうためのトレーニングなのですね・・・ 飼い主さんのためのトレーニング、というのはそういうことです。 まあこれは理想ですけれど。 ただ・・・理想に向かう飼い主さんが集まると 犬は影響されて明るくなります。 明るいだけでなく他に対して思いやりが出てくる。 犬や人に、非常にあっさり接することが出来るようになります。 高度に犬や人の社会化するとそうなります。 好き、ということと、興奮することは違うから・・・ そしていつの日か、咬むことから脱却できるかな。 制する人、制する犬、圧倒的に指導する存在というのでしょうか その存在があるとないとではその場の空気が違います。 制されないと? その場の空気が荒れる。 たとえルールがあったとしても、荒れてしまうんですよね。 サッカーの試合でたとえますけど、(たとえが思いつかなくて申し訳ない) 選手個人はルールを熟知していますよね? それでも試合が荒れて、退場者が続出することがあります。 それは・・・? 審判の失敗だ、と言われているのをご存知でしょうか? 荒れないように、 流すところは流す、 心の荒くれだっている選手を気にとめてチェックする、しかし、 決してイライラさせてはいけない、とか。 優秀な審判が笛を持つと、試合がとても美しくなります。 審判はいつも笑顔ですね。 ちょっとしたルールの違反も見逃すこともします。しかも公平に。 これが管理をするということ。 決して罰することではない。 そういうメリハリの中では、従わざるを得ないようになるんですよね、 不思議ですよね。 ピーピーと やみくもに笛を吹いて罰を与えるようだと 選手は従いません。 私的に お散歩トレーニングも同じかな~と思っています。 大きな流れの修正はしますが、 いちいち細かいところは口にしても仕方ないでしょう。 叱りも犬の心をざわつかせます。 痛みを与える罰による 「ヒャン!」 という声など、もっての外です。 自ら考えて行動することに意味があります。 飼い主さんの判断が大事ですね。 その行動は?ここで(ブログで)お話していることの実践でしょう。 迷いがあればどうぞ聞いてください。 犬は人の行動や精神も模倣すると確信しています。 人との共同生活を送っているのですから、 人に信頼を寄せて従ってもらいたいと思います。 咬む、ということが自分の究極の意思の表れ、それでしか表せないようでしたら それを正してあげたいと思います。 興奮のスイッチを切る。 そのためには、お散歩トレーニングで言えば あのこと挨拶したい、あの飼い主さんのところに行っておやつをもらいたい。 それを止めていくのがトレーニングですし、興奮のスイッチを切りやすくするトレーニングになります。 いかに飼い主さんの方に意識を集中させるか。 これが難しい、みなさん苦労されている部分ですよね? リード使い、声かけ、オヤツでのマグネット、そして笑顔かな? 全てを駆使して、二人の世界を作ってください。
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