その考えをリードさばきにも生かしたのですよ! ちょっと見て下さい。 私が一番他の人とは違うと自負しているリード使いがあります。 何か分かりますか? 考えてみてください。ヒントは、犬を動かす時、です。
リードショックは犬の心を無視したリード使い オンリードのおいでのように 犬を動かしたい時のリード使いは、犬の存在を忘れるかのような リード使い・・・ ああ~、訳わからない。
昨日の宿題は?できましたか?
犬を動かす時には、リードを張らない。 リードで引っ張らない。リードで合図をしない。
(行動を制御するときはリードを瞬間的に張らせます あと、自分の立ち位置というか体を感じさせるために ハーネスの場合リードを真上に引いた状態で固定することもあります。 これについてはまた説明しますね。歩行トレーニング、我にかえす意味があります。)
動きたい方に自分が動く時は、リードをするすると長くしていることに気がつきませんか? 犬は引いても動きません。動いたとしても無理やり感は否めません。 自由を与えます。
リードを押す、という表現を使うこともあります。 そのくらい大げさにリードを緩めて、犬を動かす前に自分が動きます。
そうすると、犬は自然に動けるんですね。 猫も同じですよ。というか、猫のお散歩でこのリード使いを身につけました。
リードを引くと絶対に座り込んだり、後ずさりします。 緩めると歩きだします。 犬には支配性を持ちだす方も猫には持ち出さないですね。
不思議ですが・・・まあ、横に置いておいて・・・
大切なことは何でしょう?
私は譲歩することだと思うんです。 譲歩は無視することであったり、とりあえず自分で考えさせることであったりします。
リードを張らないことで、犬はどちらに進むかの自由が与えられます。
歩行訓練では多くの場合 その自由を与えないためにリードショックが使われますね。 そして、悪いことに、引っ張りながら人が動くものですから 犬は体のバランスが崩され、引っ張られるがままに動かされているような気がします。
これが違いです。
方向を変える時・前に進む時、リードが張れないように押す(緩める)、 押せない場合は、リードをスルスル~っと伸ばしていますよね?
皆さんの場合は、リードを張らしていると思います。張れてしまっている。 訓練を受けている犬はそれでも動いてくれるでしょうが、 普通の犬は断固拒否か、リード噛みが始まります。
それでは、歩くことが楽しくないですね。
生きる、ということは制約の中で自由に楽しく時を過ごせること。
ルールの中で自分を出せること。
私は、犬が生きる大事な位置を占めるお散歩が楽しくあれと、自信を持てという意味で リード使いに重点を置いた歩行トレーニングを勧めています。
自信のないが故の引っ張りや固まりも、 木になって止まることや、リードを緩めながら犬から離れるオンリードでのオイデ それで乗り切りたいと、乗り切れるのではないかと思います。
思春期の対応。
自由を与えながら、必ず飼い主さんを意識させて 飼い主さんの存在が犬に勇気を与える。
ゆるい=楽ではありませんね。
私の提唱する方法が緩いから、出来そうと考える方には このリード使いも、思春期の対応も難しいでしょう。
なぜなら、 飼い主さんの技術、気力、忍耐をより求める方法だから。 圧倒的に犬より前を歩かないといけないのです。 目に見える「前」ではなくて、精神的な「前」。 前を歩いて、降りかかる火の粉を払ってあげたい、 そのように考えられる人に、一緒に歩いてもらいたいな、と願っています。