私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

【ブロマガ】二次強化子作り

カテゴリーはトレーニングとおやつ、にしてみました。 今日は二次強化子と好子に関連したお話しをします。 10月からブロマガを読まれた方も、ブロマガ以外で二次強化子・好子について出てきますので知らない という方はいないかと思いますが、専門用語に苦戦されている方は少なくないかもしれませんね。 もう言葉は完璧、という方で8月9月のブロマガを読まれていない方はぜひそちらを読んでいただきたいと思います。 私の今の理論的な到達点を知っていただきたいと思います。 一般公開ブログで先日DINGOさんのクリッカー塾に参加したことを書きましたが クリッカーを体系的に学び直しています。 11日(土)は大阪までK9ノーズワークのセミナーに行ってきました。 これについてはもう少し勉強を進めてからのご紹介になると思います。私の中でまとまっていません。^^; ただ、散トレで、段ボールを使ったおやつ探しについては少しずつお伝えしています。 このおやつ探しについて・・・ 二次強化子についての基礎的な理解がないと、探すことが喜び と言われてもなかなか納得できないのではないかなと思うのです。 おやつを抜く、とかおやつが必要ではない、と言うと、ざわざわされる方がいるとすると、二次強化子の理解がまだ進んでいない状態だと思うのですね。 段ボールにおやつをしのばせ探す、見つけて食べる。食べ終わるや否や段ボールを取り去られる。 段ボールは擬似的な獲物、ということで獲物が去って行く、ことを演出させるわけです。 去って行くから追いかけたくなる、意欲を充分に出し、段ボールを見ただけで探すスイッチがONになる。 「探せ」 と言わなくても犬は探し、指示なし、見つけた様子でハンドラーはそこにおやつがあることを素早くキャッチします。 犬に座らせるという服従訓練は入れません。 これを将来的に匂いのついた綿棒を探すところに進めていくわけですが、服従訓練とミックスになっているノーズワークが多いので、このK9ノーズワークは目からうろこでした。^^; クリッカートレーニングについてはせっかくDINGOさんが近くにあるのだし、メンバーでオンラインで授業を受けていたし、体系的に学び直したい、ということでクリッカー塾を受講しました。 クリッカーを使う使わないではなく クリッカー的な考え方によるしつけやトレーニングが私的方法であることをもう一度言葉でしっかり説明できるところまで頑張ってみたいと思っています。 クリッカートレーニングは 正の強化で(間違った行動にはクリッカーが鳴りませんので負の弱化ということになります)しかもクリッカー音という二次強化子で探求のスイッチがオンになります。 トレーニングしたい、というモードにスイッチが入るわけですね。脳が生き生きしますし、恐怖や不安を軽減させるとも言われています。 人間との暮らしの中で、視覚や聴覚に頼りやすくさせられている毎日で 匂い嗅ぎはどうでしょう? 拾い食うから、マーキングするから、お行儀が悪いから・・・と禁止されることが多くないでしょうか? 結果、対犬や対人など見知らぬものに出会ったとき落ち着いて空気中の匂いをかぎ分ける行動がすっぽ抜け、興奮が一気に高まってしまう犬は少なくないような気がします。 匂い嗅ぎをさせて鼻を使うことを日常で思い出させ(禁止しない、また積極的にゲームで使う)犬としての自信(匂いでかぎ分けられる)を取り戻させたいと思うのです。 それとクリッカートレーニングにより、探求のスイッチを入れ恐怖から怒りのモードに入り難くする。 これをお散歩トレーニングの中に組み入れていきたいと思っています。 ということで、二次強化子についてもう一度。 自然に条件づけられます http://charlie1210.blog113.fc2.com/blog-entry-3312.html この前後の記事も余裕があったら読んでみてくださいね。

10月からお散歩トレーニング再開しますが、 合同トレーニングがちょっと不安の方は個人レッスンから始められることをお勧めします。 その場合も、ぜひブログをお読みいただき予習していただけるとレッスンの進行を助けることができますので お願いしたいと思ってます。 今お話ししているところは 名前を呼んでおやつ の原理です。 たとえば、先ほどtwitterで目にした過去記事のbotの中の一文ですが 名前を呼んでこちらにアテンションを。 そしてその場をスルー出来ればいいわけですね。 と書いた場合 名前を呼ぶことでこちらを向かせる(=アテンションを取らせる) と受け取られるかと思います。 が、原理を学んでいただくと、または実際に私が行っているのを見ていただければ 名前を呼んで一瞬我に帰ったところで、 「こっちこっち」 と声をかけるか私自身の手でマグネットして顔まで誘導してアテンションを取らせる までを、 名前を呼んでアテンションを と言っていることに気がつかれると思います。 名前は二次強化子で、今それは何かお話ししていますが、それを使って行動をさせるのではありません。 そうそうゲームでそうそうで誘導をさせるのではない、というのと同じです。 ここを理解していただけるように、しばらくお話し続けます。 名前を呼んでも言うことを聞かない とならないように。 パブロフの犬。 生理学者のパブロフが犬を使った実験。 これまたざっくりお話しすると 犬に対してベルの音を鳴らす→エサ を繰り返し与えることで、 ベルの音を聞くだけでヨダレを垂らすようになった、 というものです。 エサという無条件で唾液を出させる刺激でなくても、エサの前触れになるベル音は エサと同じように唾液を出させる刺激になった、 と言い換えることができます。 この唾液が出ない音が唾液が出る音になった (反応を起こさない刺激が反応を起こす刺激になった) =条件づけられた=条件づけ のことを古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ) と言います。 これは、犬にとって良い刺激を作るタイプの古典的条件づけ。良い刺激のことを 二次的に(エサは一時的)条件づけられた強化子(好子)といいます。犬にとっては嬉しいもの。 古典的条件づけは、意図的に行われなくても、我々の生活の中で防ぎようなく毎日起こっていることではないでしょうか? 待ち遠しい手紙を待つ身にとっては、郵便屋さんのバイク音は嬉しい音、嬉しさの前触れ。 いつもお父さんにどなられて育った子供はお父さんの返ってくる足で、自分の部屋に引きこもる。足音は嫌な前触れ。 というように、毎日繰り返される刺激が自分にとって良い、悪い、意味のある刺激になっていきます。 犬たちも同じですよね。 毎日繰り返される刺激の洪水の中で、自分にとってメリットのある音を拾いたいと思うでしょうし デメリットの刺激からは遠ざかりたいと思うでしょう。(→これがまたいずれお話しするオペラント条件づけの基礎です) 繰り返される刺激が犬たちにとって 良いもの 悪いもの に徐々に条件づけられて行きます。 徐々に条件づけられて良いものとなったものを、二次強化子、と言います。 (本によって条件性強化子、習得性強化子、好子・・・などいろいろな書き方がされているので混乱されるかもしれません) ここでは皆さんに覚えていただきたいこととして 我々すべて動物は 徐々に、良いこと、悪いことを条件づけられて生きている、ということ。 良い刺激、悪い刺激は、意図しなくても、または意図しても、作ることができますよ、ということを覚えていただきたいです。 「良いことが何もない」 と…あまり幸せではない暮らしは、きっと悪い刺激ばかりに囲まれているのかもしれませんね。 意図的に、 (   )→(   ) というように自分や相手や、犬たちに、条件づけ(古典的条件づけ)をすることができますね? 憂鬱な場所に出かけなければいけない時は一番好きな洋服を着る。とか。 一番好きな音楽を聴きながら出かけるとか。好きな匂いをかぐ、とか。 嫌なことを好きなことが弱めてくれるように・・・好きなもの準備する。 幸せとか幸福感の基礎だと思います。

一次強化子と言われる、もともと犬が大好きな無条件でうれしいものと対にして条件づけられて 同じようにうれしいものになった、その二次的に条件づけられたうれしいもののことを二次強化子と言います。 クリッカーもチャージングと言って カチッというクリック音⇔トリート(おやつ) という対提示(チャージング)でクリック音をうれしい音にさせます。 なので名前を呼んでおやつ、も同じですね。 良いこねといっておやつとか、なでておやつとか、ブラッシングしておやつとか、前に立っておやつとか おやつと対提示して同じようにうれしいものにさせることは可能です。 なかなか犬にとって個体にとって難しいものもあるでしょうが。 一旦嫌いになったものでも、対提示の方法を細かく行うことで、嫌ではないよ、位に持っていくこともまた可能です。 また二次強化子、例えば「良いこね」の言葉。 良いこねと言われることで思わず尻尾が振れてしまう犬さんであれば、大きな音が聞こえてびくっとしていた時に「良い子ね」と優しく言い続けることで、怖さでガタブルになることが避けられる、ようになります。 「良いこね」って言ってもうれしそうではないから無理です、 と・・・。 対提示をすっ飛ばしてしまう方は言いやすい言葉で、名前を呼んでもうれしそうじゃない、もそうですよね。 その言葉自体に意味があるのではなくその言葉に力をつけるのです。それが対提示の役割です。 一日何回やればいいというような義務的なものではないですよ。 朝晩のご飯の時、心を込めて名前を呼ぶ。 家に帰ったとき名前を呼んで「ただいま♪」って言う。 そういう日常の犬にとってうれしいことといつも対にして、普通に言葉をかけているはずなんですよね? そういう普通が大切で、いつの間にか普通に心を込めて接することがなくなっていませんか?問題ばかりに目を向けて。愛情のかけ過ぎかしら?こんな時声をかけていいのかしら?無視するべきかしら? と・・・。 その困惑が犬に迷いを生ませます。ママは表情と言葉とが一致していない、と多くの犬は言っているように受け取れます。 もっとシンプルに! 自分自身が二次強化子になるためには迷っている時間はない、そう思います。