私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

お散歩トレーニングに期待するもの

 

●お散歩トレーニングの基本とQ&A

「犬はあなたをこう見ている」から「犬から見た世界」そして「犬が私たちをパートナーに選んだわけ」までをざっと復習していましたけど。

認知の歪み、のせいで犬が犬を怖くなっている、特定の犬に対しての嫌な記憶が、犬全般に般化されているとき、歪みは人間の介入によってますます大きくなる、だからハンドラー(飼い主さん)がいると問題が起きるのに、犬の幼稚園では起きない)ということが往々にしてあるのでは?と思っているのですね。

何を変えるのかというと・・・。

まずは犬は人間と違う認知の仕方をする、それが良いとか悪いとかではなく種が違う、ということをベースに。

ではどうするか?犬を知る、学ぶしかないわけですね。まずは知識として本で。そして犬に実際当てはめる。

どちらが欠けていても不十分です。

犬の認知の歪みはどう直してあげるのか? 人間が人間の感情で怖いを強化しないように注意して、犬に大丈夫な経験をさせます。

失敗しそうな、悪い行動が出るような状況を用意するのではなく、まずは大丈夫な距離(スペース)を確保します。

確保できるように正しいハンドリングで犬を誘導します。

犬に考えさせると、一杯一杯になった犬は犬の経験による確信を持った攻撃的な行動をとりますので、ここは少々強引にでも(強引にならないような日々の取り組みを)犬に距離を取ることを教えます

距離を取ればホッとする、を何度も経験させることで、犬に自分が引くことを覚えさせればいいと思います。

攻撃的な行動ですっと心が晴れたり、その場が何とかなると学習した歪みを、負けるが勝ち的な認知を作り上げてほしいと思います。

そのためには、人間が攻撃的な行動を慎まねばならないですね

というように学びも取り組みもすべてリンクさせて、思考を柔軟に、命には愛を持って取り組みたいものだと思います。

赤字の部分と

そして、リードのフラストレーションを考える、から 飼い主にとっての保険って? 飼い主と犬との認識の違いって何を想像しますか?

こちらについてお話しさせていただきます。

を、本当は散トレに出てくる方に知っておいてほしいことですが、 サイボウズにこちらの記事と、お散歩トレーニングに出席の際の注意事項をまとめて幹事さん宛てにお知らせさせていただき、皆さんに伝達、という形で徹底していきたいと思います。

散トレに出席するメンバーの多数が理念をしっかりつかんでいる方。

そこに新しい方が入ってくる、または疑問のある方もそこで疑問を解決できるとか 犬たちにとって心地の良い場所でなければいけないので、犬にとっての心地よさを追求できる人に 参加していただかないと、喧噪の中^^;オフ会と変わりがないということになりかねませんので。

今までのお散歩トレーニングと変わりない形で大丈夫ですが、お一人お一人の意識の部分で変化が欲しいかなと思います。

犬にとって、 の恐怖、不安、よろこび、距離・・・ を知るためには犬を知らなくてはいけませんね?

そのための予習復習です。

 

******

 

かなり前、 おやつの使い方、おやつに頼らない的なことをお話ししたとき えーーー!? って、ざわついたことがありましたね。

でも、名前を呼んでおやつ(=古典的条件づけ)におやつは使うけれど、二次強化子が出来上がれば おやつおやつ、って頼る必要がどんどんなくなってきませんか?

ということなんですね。

名前を呼んでおやつなんて簡単、 っていう声が上がったことがあって、それをあげた人に対して、それは違うよ、といえない方いましたが、 仲間に違うよが言えなければ、反論する人に言えるはずがない、 理論をしっかり学んでいればできるできないではないし、と・・・。

いろいろ皆さんの理解が進んでいないことにびっくりして、古典的条件づけについて長~くお伝えし続けているわけです。

まあそのおかげで私もとてもたくさんの勉強ができてよかったですが。

大人の集まりですが、その大人が色々な悩みのもとになるのが社会でして。 人を変えるのはとても難しいので、自分の気持ちや行動を変えた方が健全だよね、と私自身学んで今があります。

いちいち腹を立てているより、正しいと思うことを発信し続けよう、と。

休みなく発信すれば、 見ていてくれる人にはちゃんと伝わるはずだ、と。

時々、犬たちのフェアな精神がうらやましくもなりますけどね。

そういう悩みのもとになる大人=我々、人間ですから、犬たちに色々な思い込みを作らせてしまっていることに気がつかねばならないと思います。

今また読み返しているのは

 

動物が幸せを感じるとき―新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド
テンプル・グランディン,キャサリン・ジョンソン
NHK出版

こちらですが、 その中の、p10

動物の幸せを願う人でも、動物の権利と言われたら、戸惑うかもしれない。

「恐怖にさらされない権利」にしても 分かりやすそうだが、単純明快ではない。

たとえば、動物園の飼育員や畜産に携わる人々はふつう、動物は天敵が近くにいなければ怖がるはずはないと考える。だが動物にとって恐怖とはそういうものではない。

敵が襲いかかって来るまで恐怖を感じないとしたら、逃げる間もなく、食われてしまうだろう。

被食種にとっては逃げ隠れる場所が必要で恐怖を感じないためには場所が必要ではなく、逃げ隠れられるという行為が必要だということ。

犬の場合は・・・? そう、距離が取れるということ。 (不安というのは対象物がわかっていない、情動のどれもが当てはまらない時に感じる情動なので、恐怖の時とはまた必要な行動は違うと私は考えています)

犬が見えれば吠えて追い払うことが自分の常に選択する行動であれば、その行動がとれなければきっと 落ち着けないはずです。

だから制止しても言うことを聞かないのでしょうね。

ここで大切なことは 犬は追い払いたい行動をしたいのではなくて、落ち着きたいわけです。

上記の本を読んで、今また確信している考え方ですけど。 行動主義は問題行動を矯正するときには役不足であると思います。 感情をなだめる必要があります。

なだめるというのは?その時必要なものを与えて落ち着かせるということ。

興奮レベルを下げます。

犬にとって距離を取ることは、落ち着きをもたらします。 距離を取られて興奮する犬は、距離を取ることを忘れている犬なので、繰り返し教えてあげなくては、と思います。

優しいハンドリングで犬を誘導できますか?

ハンドリングでますます興奮させることしていませんか?

あなたがリードで制御することはあなたにとっての安心で、犬にとっては大きなフラストレーションではないでしょうか?

というように、まずは自分の行動を顧みるというところからなんですね。

どんなに切羽詰まった状況でも、まずは自分のとる行動を見直すというところにこそ、突破口はあります。

自分ひとりで考えていても客観視できませんから、見直すべき行動がわからないことは多いです。 教えてもらう姿勢、 犬にもそして人にも。

大人になって自分は知っているというおごりが、歩みを妨げているということはないですか? まで考えて、命を迎えて共に暮らす意味を探していきたいと思います。