私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

茨城動物保護センター見学に行ってきました

今日は散トレ並みの早起きで^^;
上野からカエデさんと待ち合わせ~、チャーリー組さん5名で、
笠間市にある
茨城県動物指導センター
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/hoken/dobutsu/index.html
に見学にお邪魔させていただきました。
ジーコタ母さんにはいろいろご手配いただきありがとうございましたm(_ _)m

全国ワースト1、という殺処分数の茨城ですが
センターの中、犬の収容棟はとても清潔に管理され、犬たちが少しでも寒くないように
毛布を引いてもらい、ストーブを焚いてもらって。
そこにいる犬たちに悲壮感は・・・?私の目には映りませんでした。
ただ・・・今日お伺いしたのは処分機が稼働した後でしたけれど。

残酷な場所に誘わないで、と言われたこともあります。
そういう気持ちでいるということが、行政との溝を深めます。
一度ご自分の目で、そこに何が必要かを確かめていただきたい、だから
多くのセンターが、実情を見ていただこうとオープンにされているわけです。

この仕事をしているとき
「マナーアップで殺処分さえる犬を減らそう」
と言われますね?
確かにそう。それも大切、でもそれじゃない。

動物が好き、愛深いかたが、週に何度もたくさんの命を消さなくてはいけない不条理。
そこに送り込まれる命がなくなれば不条理はなくなる。簡単なことを実現不可能にするのも、人間の無知と怠惰なのでしょう。
犬じゃない、人だよね。


そう思いませんか?

たとえば・・・
こじれたケースに当たっていると、むしろしつけしない方が良かったね、というケースがたくさんあって。
どういうことかというと、
要求吠えを直そうとして、または
人に触られることを辛抱できるようにと毎日のように撫でられて
いつの間にか咬みつきの出やすい犬になっていて・・・。
結局飼い主に世話ができない状態になる、その時!何が問題なのでしょうか?
ということです。

犬は申し開きできません。
すべて人の都合優先です。
人間の社会だからと、だからこそ、種の違う動物が暮らしやすいようにサポートする責任があるわけで、
犬をしつけると称して、犬に理解不能のいじめ的な取り組みをしないでほしいです。
特に、母犬から早期に離されて、犬としてのイロハがない犬に対して、人間の仕組みを理解しろということは?
酷ではないですか?
もっと命に優しくなりましょうよ、それが嫌なら、犬を飼うこと自体あきらめませんか?
と・・・
正直思います。
一人一人ができることを必死で考えて、少しでも自分にできることがあれば勇気をもってやってみる。
先を歩く人は、上から目縁で物を申すことを控えて、根気よく後に続く方を育成しなければと思います。
今日も所長さんとのお話の中で
「県をまたいでの協力体制」
はとても大切な視点だと思います。やはり予算のことはネックになりますが、
マンパワーを行き来させて、自分にもできる何かで命に敬意を払いたいと思います。