私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

私は私、犬は犬

朝、カエデさんがRTしていた、内田樹先生のbotの言葉。
いつ読んでもありがたいお言葉です^^;
Retweeted 内田樹先生 街場の至言(非公認bot) (@tatsuruwords): 学力とは読んで字の如く「学ぶ力」である。「学びに開かれてあること」のことであり、「学んで得た知識や技能や資格などなど」のことではない。それらはたかだか学力の副産物にすぎない。

一通り、出版される犬関係の本には目を通す性分でして^^;
電子書籍でしか今のところ読めない「サイレントコミュニケーション」を
スマホで無料アプリダウンローでしてAmazonでポチりました。
一気に読みました、ですね。
たびたびご紹介しているトゥーリッドルーガスのカーミングシグナルの書籍を読んで
その理念にチンプンカンプンだと^^;こちらの本のもっとも言いたいことはひょっとしたら素通りされてしまうのではないかなと思いました。

ヴィべケさんの本にしても、本当に理解してもう一度読むとか
セミナーに出るとかしなければ、最も伝えたいものが伝わらないよね、とカンファレンス等で感じたのと同じ懸念です。

飼い主さんがよく口にしたがる
「効果はありますか?」
という言葉。
そういう観点から読むと、ストレスを避けるという方法しか自分が取り入れられるものがない
と感じてしまうかもしれませんね。
余計なお世話でごめんなさいですが。
自分のブログで自分の生徒さんに読んでもらいたくて書いていますので、すみません。

オンラインアップしまして、
『犬語を失わせるもの』
http://blog.kuruten.jp/charlie/274537

課金対象ではないTOPから転載します。

犬は人間の友で、人間を守りたいと思う動物です。
社会化されていない個体にとってその過酷な状況下でも人間(家族)を守りたいと。
そういう動物ですから、飼い主の不安定さが犬に与える一番のストレスではないのかなと思っているんですね。
だからこそ、飼い主さん自身が自分自身に自信が持てるように学び続けなくてはならないのです。

そして、ブログ記事にしようと思ってtwitterに(たまたま開いていたものですから^^;)下書きしたものを
こちらにあげさせていただきます。


サイレントコミュニケーション、紙の本ではないのでなかなか読めずにいる方が多いでしょう。昨日つぶやいたいろいろの中のバウンダリー=境界線は上記の本の中に出てきます。
こういうサイトを見たらそれがどのようなものか理解できるかなと思います。
http://www.onsaworkshop.com/ws-class02
ヴィべケさんがコンタクトトレーニングとおっしゃるその基礎(犬との関係性、人間側の犬への理解を含みます)が多くの方が理解できていないであろうこの日本の犬の世界で、ストレスに話を絞る危険性を私は危惧しています。多くのカウンセリング・トレーニングで、ドツボにはまる、その方々の陥るところ。
犬にバウンダリーを教えるということは、犬の持ち分を教えることだと思います。そのために犬に正しい人間への依存から、そして精神的な依存を育まなければいけません。正しい依存とはは港になること、人間への正しいアンカリングです。
帰る場所がある、その心の安定が、自分の位置を確かめるための基礎になると思います。
そのために犬を動物福祉に則って飼育しなければ、その状態にさせることは到底無理な話で。だからこそ、基礎からの学びが今の充実や問題解決のために必要なことなのですね。
そしてそれは飼い主それぞれでつかみ取らなくてはならないと思います。

仔犬は社会化前期、母犬のそばを勇気を振り絞って興味のあるものに近づき、母犬は見守ります。怖かったらいつでも帰ってきて母犬の懐で心を落ち着かせる。人間社会に仔犬を迎えた時、人間は果たしてその母犬のように仔犬を見守り、落ち着かせているでしょうか?母犬のように仔犬に
慕われているでしょうか?
まずは自分がそういう存在になって初めて、犬のストレスを軽減できる存在になれるのではないでしょうか?一緒に右往左往する人間を犬は、自分が守るべき存在とその遺伝子に沿って考えないでしょうか?たとえ小型犬であっても。
そういう犬について、理解をすることがまずは我々の努めなくてはならないことだと思っています。
強くて優しい。
やがて天に犬をお返しするときに、その強さがなければ犬は安心して帰ることはできないでしょう。
犬は守ってあげなければいけない存在ですが、犬にとってあなたも、守られる存在なんです。そういうフェアな関係を感じられることもまた、正しい犬との暮らしがもたらす恩恵であると私は思っています。
バウンダリー=境界線はそういう強さを持った人間が人間社会において犬に教えなくてはいけないものです。
もうここまで。
そこはスルーしなさい。
そうすると、拾い食い、警戒吠え、モノをあさるなど・・・すべてにおいて、
「それはちがうよ」「おりこうさんだからしないでしょ?」が伝わる関係になると思います。
そういう意味でも犬の盾になるというのは犬に、正しくインターセプトを理解させることだと思います。

タイトルの私は私、犬は犬、
それをしっかり持って、犬を安定感(を持つ私)にアンカリング(結び付け)し
いつでも心を休められる場所として選ばれる。これが正しい依存。
依存という言葉は悪い意味にしかとられていないと思いますが、正しく依存させられていない子供が
大人になっても心の港を求めて寂しさを抱き続けるのではないかなって、思っているところがあるんですね。
まあ、これも持論ですけど。そうばかりでもないのでしょうけど。
ただ、私はそのように子供と犬とその他^^;命を預かっているのだよね、と思っています。