私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

宇都宮座学終了しました

キャラ立ち^^;された方が意外に多かった^^;宇都宮。
かなり愉快な、たまさん曰く
「いろんな汁(爆)の出た座学」と。
涙や汗や・・・

私がどうしてこの世界でやって行こうと思ったのか、やっているのか
新しくお仲間になった方々へご紹介がてら^^;お話させていただきました。

しつけの定説や、広くセオリーとして信じられているトレーニング法から見たら
私のトレーニングは摩訶不思議^^;ミステリーワールドと表現される方もいらっしゃいます。面白いですね(笑)

昨日ご紹介した動画・・・
きっとある人が同じように行動しても、犬が攻撃的になった時点で
叱ったり、リードショックをしたり、ケージの扉を思いっきり閉めたりして犬をいじめることでしょう。
それだけ・・・
攻撃されることへの恐れがある、と。まあそれも仕方がないことだと思います。
でもそれじゃあつまらない。
せかっく犬と暮らして犬について学んでいるのですから
犬に信頼される人間になりたい、犬ともっと仲良くなりたい、と思う。
そういう方々が集まって来てくださいますね。

柏の座学、亮子さんの素晴らしい記事をご覧ください。

同じもの、同じことをみんなで検証する姿勢~チャーリードッグスクール柏座学報告~http://rayandmeme.blog83.fc2.com/blog-entry-609.html


多くの犬は、叱っても叱っても、飼い主を頼ります。
それが犬だから。犬という動物の素晴らしさではないでしょうか。
しかしそれは…犬は・・・すがっているのではないでしょうかね。
少なくとも私は犬とそういう関係になろうと思って犬と暮らしているのではありません。


犬にとって優しいトレーニングと人にとって優しいトレーニングと
、相反するものだろうか?
そう感じる人がいるということが、伝わらない理由なのかなと思った。
犬に辛抱を教えたいのなら、人がそれを示す。それが教えるということではないかな。
「教える」という捉え方にもなかなか問題が大きそうだ。
犬には優しい、でも人には厳しい?
いや、自分には、でしょう。

叱らない、と言われると犬の過ちに感情を爆発させる自分を批判さるているようで、面白くないのでは?私自身、そういうところを矯正することで、犬と仲良くなるのが上達したんですよね。
自分には優しくない。「自分」を「人、人間」に一般化されると、私は迷惑だし、そう感じる方は多いと…信じたい。

種の違う動物に教える、というのはなかなか不遜な考え方かも。
仲良くなる方法を探すほうが、お互いに暮らしやすいでしょう。
教える、のではなく、伝え合う、かな。

新幹線の中で昨日投稿したのですけど、一緒に考えてみていただきたいです。
犬の心の健康のために、叱らないということはとても大切なことだと思います。