私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

伝えたいこと

動物取扱業を申請した時にセンターの方とのおはなしの中で
動物愛護推進委員で訪れた時も、きらめき小田原塾の市民教授として
運営の方から言われたことも・・・

「犬じゃないんだよね、飼い主教育を何とかしてほしいんだよ。
ぼくたちは犬飼ってないけどさ、何がいけないって見ていたらわかるもんね」

と。

しかし、実際行われる犬のしつけ方教室などでは・・・?

犬を動かす、犬を変える、犬の行動を何とか、と。
教える側の教育は、おざなりだったりしますね。
保護の現場も、方法論は求められても、携わる人の人間的な教育や犬とはどういう動物で
本来どのような欲求を持つのか、そして犬を教える(導く=救う)時何が必要か
については、力が入れられていないのではないのかな、ということは何となく感じているところです。

人間が
面倒だ
という気持ちを見直さない限り、犬を捨てる行為は後を絶ちませんし
繁殖の現場は混沌とします。(適切な飼養が出来ていない)
飼い主も、犬を脅していうことをきかせるような安直な方法がなくならないでしょう。
感情豊かな動物であるということはどういうことか。

自分がされたらいやだなと思うことはしない、という基本に基づかなくてはいけない
ということではないでしょうか。
あなたのためなのよ、
言いつつ、もっと正しい方法を模索することを面倒がっていないか。

私自身、時間がない、疲れた、何となくもういいかな・・・という気持ちが湧くことも常ですが
でも、いつも踏ん張って今より落ちないように、落とさないように頑張っています。
頑張れない方がいたら、SOSを出せる環境、出せる自分、受け入れる環境、受け入れる人
それを整えるということが社会には求められるのではないかなと思います。

例えば、
家族の中で、お父さんさんには上手くできることもお母さんには出来ない、
またその逆もあります。
私たちトレーナーの役目は、できない人ができるような方法を見つけてお伝えすることです。
理想論で追い詰めることではないです。
実は、できない人ができる方法って簡単なんですね。
叱らないでできたことを褒める。そして普段から犬に向けて
「いい子だね、大好きだよ」って伝えることです。
教えなきゃ、伝えなきゃ、直さなきゃと必死になってどんどん関係が悪化しやすいのです。
犬が大好きなおやつを使って、コミュニケーションを取る。
できない人がコミュニケーションを取るには、愛情を見える形にしたものが必要なんですね。
それが食べ物です。
冷え切った関係を矯正する時も食べ物で。
最初は形だけのやり取りになります。
いい子ね→おやつ、のように。
でも、人の中の愛したいという気持ちは、食べさせる、与える行為でどんどん膨らんでくるんですよね。
この過程を軽視する必要がどこにあるでしょうか。

難しいことをさせる、これは飼い主をも追い詰めます。
まずは簡単なことから。そして自信のある飼い主になっていただきたいと思います。
そしてどんどん、学んで、飼い主としての強さを発揮したいという気持ちに向かっていただきたいと思います。