私は社会化のドッグトレーナー

チャーリードッグスクールCDSオフィシャルブログ

叱らない、というテクニック

私がいつも言っている、 叱らないについて、今日はお話しますね。 私が叱らないでください。 と言うと 「え~~~っ!?」 と疑心暗鬼になる方が多いですよね。 試すこともなく、去っていく方もいるかな? 何か宗教チックなものを感じますか? 私は・・・この世界にありがちな排他主義の方に宗教的なものを感じて 違和感がありますけれど・・・ 昨日の最後に書きましたけど、 叱らないしつけと称して、 自分の声、直接手で叱ることはなくても 道具を使って脅している方法があまりにも多いので ちょっと・・・苦言を。 大きな音を出して、吠えている犬の注意を引くのが目的なのか 吠えている犬をびっくりさせるのが目的なのか 物を投げつけて大きな音を出して、吠えやいたずらを矯正する。 確かに、それは叱りではないですが・・・ 脅し?いじめ? 虐待ですよね。 「昔からそういう方法はあった」 ・・・でも 今日からやめましょうよ。 そう思いませんか? 叱らない、というのは観念論ではないのです。 一つのテクニックだと私は考えています。 叱らなければ何が悪いかわからない。 確かに。でも・・・ 叱っても分からないのではないかな?だから来る日も来る日も叱っても 一向に矯正できないのではないでしょうか。 叱らない。 その時、犬にフィードバックを返さない。 そうすると、犬は何が正解かを考えるはずです。 例えば、 防災無線に吠えるチャーリー。 「うるさい」とか「静かに」と言っても、気になる音にはついつい吠えてしまいます。 石像インターセプトで視線を外しながらじっと見ると・・・ そのうちに自分で 「あれ~?ママどうしちゃったんだろう?」 と思い始めるはずです。 そしてしだいに吠え辛くなっていく。 吠えていたらいけないんだ、と気づく。 気がつくまで待ってあげる、ということですね。 叱らない、ということは気づきを生ませる、というようにも言えると思います。 自分で考える癖をつける。 いつも指示されたり、矯正の言葉を与えられたりするよりも 自制心は育つと思います。 そしてやがて、自分が不安に感じる音が聞こえても 自制することが、穏やかにインプットされていれば 不安は大きくならない=吠えることが必要ない という状態になるのだと思います。 それが心が育つことだと思います。 育てることに即効性とか、利便性とか考えませんよね? 怪しいですものね。 犬だから即効性や利便性ばかり求めるということが間違いの始まりなのではないでしょうか。 いつもクリックありがとうございます